ぼちぼちいこか

岩手に暮らす、虎ファン主婦のひとりごと。
記事に無関係と思われるTB&コメントは削除することがありますのでご了承ください。

   

あれから14年
この日になると、色んなことを思い出す。

14年前の今日、夕食はうどんだった。
マンションは半壊、室内も壊滅的な被害を受けた我が家だったが、
カセットコンロが無事だったのが不幸中の幸いで、倒れた冷蔵庫からうどんを取り出し、震災当日の夜にうどんを食べることができた。
パジャマにコートを着て運動靴という格好で床に座り、
懐中電灯とろうそくの灯りの中で、家族3人で鍋を囲んだあの夜。
具のない「すうどん」だったけど、温かくて美味しかったなぁ。

今夜は暖かく明るい部屋で、夫とふたり、鍋焼きうどんを普通に食べた。
この「普通」こそが、とても幸せなことであることをあらためて思った。
生かされていることへの感謝とともに。

1.17は傲慢に生きている自分を見つめ直させてくれる大切な日でもある。
yui | 平和・いのち | 23:08 | comments(5) | trackbacks(2) |

雪のひとひら

先日、学生時代の友人から贈られた本に、心がしっくりきた。

主人公、雪のひとひらの最初の台詞。
「わたしって、いまはここにいる。(中略)どこからきて、どこへ行くつもりなのだろう。このわたしと、あたりいちめんのおびただしい兄弟姉妹たちをつくったのは、はたして何者だろう。」
そして、ストーリーは展開していく。
詳しくは書かないでおくが、最後は感動の言葉で締めくくられている。

最近読んでいる本にも共通するのだけれど、
目には見えないけれど確実に存在する「何者か」への思いは、
求めれば求めるほどに深く感じられるものなのだと、この本は気付かせてくれた。

とても描写がきれいなファンタジーです。
yui | 平和・いのち | 23:59 | comments(3) | trackbacks(0) |

感性と想像力
8月に、一つは「平和・いのち」のカテゴリで記事を書こうと思っていたが、
今年はそれができなかった。
書きかけて消したのもあったし、うまく文章にできないモヤモヤがあった。

それが先日フッと解けた。
キーワードは「感性と想像力」。

うちの地域にも「9条を守る会」なるものがあって、
戦争体験を聞く会などが行われたりしているが、集まるのは高齢者がほとんど。
私などが参加すると目立ってしまうという雰囲気だ。
企画運営しているのもそれなりのお年の方々が多く、会の内容は正直堅い。
とても友達を誘おうと思えない感じの企画が多い。

そんな現実に、これに何の意味があるんだろうと思ってしまった。
63年前の話を聞いて、今がまさに戦前であるという危機感が持てるだろうかと。
63年前の戦争と今これから行われるであろう戦争は、きっと形が違うだろう。
食糧難にもならず、痛みを感じずに他国を侵略する戦争がおこりうる。
メディア操作で、それに気づかないということさえおこりうる。

夏休み中、近所の子どもたちと交流する機会があったが、
小中学生に平和の大切さを伝えるというのは難しかった。
戦争の絵本を広げてもリアル感がない。
彼らは彼らで、自分を取り巻く学校や家庭の問題でいっぱいいっぱいな気がした。

どこかのブログで読んだのだけれど、
今、若い世代の人たちに戦争と平和について語るとき、
「平和」「憲法9条」「守る」などはNGワードなのだという。
そういう言葉を出せば、堅い、古くさいと思われて聞いてもらいづらいらしい。
なるほどと思わされた一方で、どうすればいいのだろうとも思った。

そんな中で、
今こそ私たちの感性と想像力が問われている、という言葉は印象的だった。
そうか、感じられない、想像できないのは自分だったのか、と。
自分が感じずして想像せずして、どうして誰かに伝えられるだろう。
そんなことに、気づかされた。

感じとって想像していくこと。
結局、平和ってそういうことなんだと思う。
目の前の人を、周りの人々を、そして見えない所の人々まで、いかに感じるか。
それを想像していけば、戦争なんて起こらないのだ。
それが平和の根本なんだと思う。

日本人は感性と想像力が欠如してきているのかもしれない。
という私も、その一人。
もう一度、考え直さなきゃなと思った。
そして、人を許すことができずして平和なんて考えられないなぁとも思った。
yui | 平和・いのち | 11:43 | comments(4) | trackbacks(0) |

不条理だな・・・
アフガンの邦人拉致事件は最悪の結末となった。
それも被害者はペシャワール会の青年スタッフ。
なぜ?どうして?という思い。

現地に根ざして貴重な活動をしていたペシャワール会。
ニュースを聞いただけの私でさえもショックなのだから、
中村先生をはじめ、関係者やご家族の心痛は計り知れない。

何かやりきれないな。。。
yui | 平和・いのち | 23:21 | comments(2) | trackbacks(0) |

だからこそ
教わらなかったとか、よくわからないとか。

そんなことで見て見ぬふりをしていてはいけないと気づかされた。

そう、私たちは歴史を背負って生きているんだ。


ひとりひとりが人間らしく生きていくため。

だからこそ。

だからこそなんだ。
yui | 平和・いのち | 22:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

イラク戦争5年
「3・22世界の平和を願う岩手県民のつどい」が盛岡で行われた。
生協でチラシをもらったので気軽に行ってみたのだけれど、
集まっていた人の多くが、私よりもずっと上の世代の方々で、
同世代があまりいなかったのが、とても残念だった。

「ほんとうの『国際貢献』とは何か」という伊勢崎賢治さんの講演は、
とても興味深いものだった。
日本政府から派遣されてアフガニスタンで武装解除を指揮した伊勢崎さん。
その話、そこで追い求めている「平和」には、重みがあった。
私が願い求めている平和は、自分に痛みを伴わない、そんな平和だけれど、
伊勢崎さんの言う平和は、命をかけてつかみ取るような、そんな平和。
平和を願うということは、それくらい覚悟がいることなんだと思わされた。

実際に紛争が起こっているところに何が出来るのか。
軍事的なものに非軍事的に関わること、
それは、唯一の被爆国で憲法9条を持つ、
その平和的なイメージの日本だからこそできるんだと。

小さな力だけれど平和をつくれる力になりたい・・・そんなことを考えた。
yui | 平和・いのち | 22:41 | comments(2) | trackbacks(0) |

広島にて思う
先日広島に行った時の話。

平和記念公園、平和記念資料館に行った。
広島を訪れたのは二度目だったけれど、資料館に入ったのは初めて。
実は、修学旅行で行った長崎の原爆資料館があまりにも衝撃的だったので、
広島は避けて通ってきたところがあった。
でも今回は、せっかくの広島、やはり足を運ばなければと思って行ってきた。

目を背けたくなるような資料もあったけれど、その悲惨さと同時に、
冷静に原爆投下が準備されていった恐ろしさも知ることができ、いい勉強になった。
結局作ってしまえば試したくなるものなのだと思う。

あんな小さな爆弾一つで、十数万人もの命が奪われて、街が壊滅的になる恐怖。
そして未だ続く後遺症の数々。傷跡は本当に悲惨だ。
やっぱり核兵器は恐ろしいものだとあらためて思った。


原爆死没者慰霊碑には
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」とあった。
過ちを繰り返さないために、今、何ができるのか。
もう少し自信を持って、核兵器の廃絶や戦争放棄を口にしていきたいと思う。
小さなことだけれど、そんなことが大事なんじゃないかと思わされた。
yui | 平和・いのち | 11:36 | comments(8) | trackbacks(0) |

Happy X’mas
先日shazumiさんのブログで、
ジョン・レノンの「Happy X'mas」の映像(→コチラ)が紹介されていた。
歌は知っていたけれど、これを見たのは初めてで、いろいろ考えさせられた。

平和になりますようにと、日々願っている。
でも、具体的に何かしているかと言えば何もしていない自分がいる。
日本社会の格差も問題だけれど、世界の格差はもっと大きい。
日本で暮らしているということは、格差の「上」で暮らしているということだ。

貧しい国から食糧をむさぼっている日本。
その中で豊かに暮らしている自分。
意図して苦しめているつもりはないけれど、追いつめているのは私たちだ。
そこに生まれる反感や憎しみ、そして貧困。
戦争は、決して他人事ではないのだと思う。

今、日本は戦地ではない。
けれども、犯罪、事故、そして自殺の死者が年々増えている。
戦争のない社会だけが平和な社会と言えるわけではないだろう。
日本だって、いまやある意味、戦地だ。

人は戦争を繰り返す。
日本史を見ても世界史を見ても、歴史は戦争の繰り返しだ。
何千年の時を過ぎても、人は悲劇を繰り返している。
平和を実現することはどうしてこんなに難しいのだろう。
何だか悲しくなってきた。。。

だから、ジョンの歌に共感して感動するのかもしれない。
純粋に平和を求めるその姿に、とてつもない勇気をもらうのだろう。
クリスマスの喜びも、だぶんそこにあるのだと思う。

罪深さを認識しつつ、感謝を持って生きていかなければと思う。
yui | 平和・いのち | 21:01 | comments(2) | trackbacks(0) |

キボウのカケラ
難病の子どもたちの夢を叶えるお手伝いをするボランティア団体、
メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン(MAWJ)」。
以前、赤星選手も協力していたボランティア団体だ。

そこに、ワンクリック募金があることを知った。
KDDIの社会貢献プログラムということで、
1クリックにつき1円が、KDDIからMAWJに寄付されるとのこと。

ワンクリック募金サイトの名前は「キボウのカケラ」。
1つのやさしい気持ちのカケラが、たくさん集まるとキボウに変わる。
そんな思いが込められているそうだ。

クリックすると、キボウのカケラが届けられる可愛いアニメ。
皆さんどうぞ覗いてみてください。
そしてご協力くださいね。→「キボウのカケラ
yui | 平和・いのち | 17:33 | comments(9) | trackbacks(2) |

「日本の青空」
映画「日本の青空」の上映会があり、観に行ってきた。
日本国憲法が本当はどのように作られたのかというストーリー。
途中ちょっと小難しくはあったけれど、なかなか面白い映画だった。

日本国憲法は、GHQによって作られたと習ったし、
戦後占領下でアメリカが押しつけた憲法だと安倍さんが言っていたけれど、
実は、鈴木安蔵という日本人の憲法学者たちが作った憲法草案を元にしたという、
へぇ〜!と思わされる話だった。

時代が違うといえばそれまでではあるけれど、
国民主権や男女平等、そして平和を実現するんだという強い情熱が、
今の世の中では考えられないほど真っ直ぐで熱く、ただただ頭が下がる思いがした。
こんな熱い思いの中で生み出された憲法なんだということを、
今の時代に生きる私たちは知らなさすぎたんだと思う。

近い将来、憲法は変えられる時が来てしまう気がするけれど、
変わって初めて現憲法の偉大さに気づく、そんなことになるのかもしれない。

この鈴木安蔵役。演じる俳優は高橋和也。
10代の頃「男闘呼組」の大ファンだった私にはとても懐かしい顔だった(笑)
こんな役柄を演じる役者さんになったんだなぁ〜と感慨深くもあった。
お時間のある方はこちらもどうぞ。
yui | 平和・いのち | 22:34 | comments(5) | trackbacks(0) |

核兵器のない地球を
広島・秋葉市長の平和宣言。
今年は特にも力強い思いが込められているように聞こえた。
まだの方はぜひご一読を。→広島平和宣言

「世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守」
この声が、この思いが、なぜ伝わらないのか。
そんな思いを持ちながら、首相のあいさつを聞いた。

被爆者の平均年齢は74歳になったという。
風化しつつある被爆体験、戦争体験。
どうすれば、平和な社会を守り、平和な世界を作っていけるのだろうか。

今日は平和を求める祈りを捧げよう。
yui | 平和・いのち | 17:04 | comments(7) | trackbacks(1) |

原爆写真展
「GROUND ZERO」という原爆写真展を見てきた。
元米軍カメラマンのジョー・オダネル氏が撮った、広島・長崎の原爆写真が30枚ほど並べられていた。
目を覆いたくなるような写真もあったが、多くは、瓦礫のまちとなった広島・長崎の姿、そして人々の姿で、その1枚1枚に撮影した状況や思いが伝わるコメントが添えられていた。

このジョー・オダネル氏。1945年9月に来日し広島・長崎等の爆心地を歩いて、敗戦後の日本の景色をカメラに収めたのだそう。公式カメラとは別に私用のカメラを持ち、焼け跡に生きる日本人の姿を撮影し、その後アメリカで写真展を通して反核をアピールし続けてきたらしい。

今回の写真展は、アメリカでオダネル氏と出会い、その貴重な写真を預かったという岩手在住の男性の働きで、岩手で開催されたようだった。
広島・長崎以外の地で原爆が語り継がれることは、とても大切なことだと思った。


 印象的な一枚。
 「焼き場に立つ少年」
 
 亡くなった弟を背負って、
 火葬の順番を待っている少年。
  (長崎にて)




核兵器は恐ろしい。
一瞬にして、命を、家族を、街を、生活を奪う。悲惨だ。
二度と使われるようなことがあってはならないと、そう思う。
yui | 平和・いのち | 23:04 | comments(4) | trackbacks(1) |

戦争をしないさせない国になるために
女性も軍隊に駆り出されるらしい、逃げないと・・・
そんな変な夢で目が覚めた今朝。
嫌な夢だった。

先月、国民投票法も成立し、改憲に向かってまっしぐらに見える日本。
このままいけば、いつかまた、戦争が起こるのだろうか。。。
続きを読む >>
yui | 平和・いのち | 19:11 | comments(11) | trackbacks(0) |

銃なんていらない
長崎市長が銃撃されたという一報。それも選挙事務所前で。
思想的なことが背景かと思いきや、公共工事のトラブルという話も。
何があったのはよくわからないけれど、こんなことは許されることではない。

長崎市長と言えば、被爆地の市長として平和を訴え続けてきた功績も大きい。
「人間はいったい何をしているのか」
昨年の平和宣言も印象的だった。

アメリカでも銃乱射事件があったばかり。
銃なんてなくなればいいのに・・・

伊藤市長の回復を祈るばかりです。

追記:伊藤市長のご冥福をお祈りします。
yui | 平和・いのち | 22:35 | comments(6) | trackbacks(7) |

相談の難しさ
「自殺」をテーマにしたテレビ番組を見た。
自殺(未遂)経験者の「誰にも相談できなかった」という言葉が印象に残った。
先日、文科相が「相談する勇気を持とう」と子どもたちに言っていたが、
大人だって相談することが難しい社会に生きているわけで、
だから、校長先生が自殺したりもするのだろう。

「相談する」って難しい。
相談する相手の対応によっては、より一層追い込まれるという場合がある。
自分もそんな経験があるので、相談するのは苦手だ。
でも、話を聴いてもらっただけで、解決の糸口が見えたということもあった。
やっぱり、相談する相手なのかな。。。

話のひと言目から本音を話せる人はきっと少ない。
本音を話すところまで話を聴いてくれるかどうか、なのかもしれない。
誰かのSOSを、SOSだと気づける敏感さを、自分自身も持ちたいと思う。
yui | 平和・いのち | 23:46 | comments(2) | trackbacks(0) |

自殺を防ぐために
以前は、自殺する人をどこか軽蔑していたように思う。
難病や不慮の事故など、生きたくても生きられない人だっているというのに、
自ら命を絶つだなんて絶対にいけないと、強く思っていた。

自分が心を病んで、
まさか私に限ってという経験をして初めて、
自分でコントロールできないほどに心が壊れてしまうことがあるのだと知った。
周囲の優しさも気遣いも、全て受け入れられなくなることもあるのだと知った。

自殺する人の多くは、きっと、心を病んでいると思う。
だからこそ、本当に死にたかった人ばかりではないと思う。
「生きたい」ともがきながら、不本意にも自殺に至った人もいると思う。

うつ病は、脳内神経伝達物質の脳中枢細胞への取り込みの増加にもとづく神経細胞の機能亢進、混乱が原因の病気らしい。
なので、その物質を減らす薬や取り込みを抑える薬を飲めば、症状は緩和するし、治療で治る病気だ。
ただ、見た目に気づきにくく、自覚症状にも鈍感になりやすい性質の病気だ。
「心の風邪」と言われるが、実際、普通の風邪よりも受診しにくく、
まだまだ精神科や心療内科の敷居は高いように思う。
そう言う意味で、手遅れになりやすい病気でもある。

自殺問題がいろいろと取り上げられる中、
原因や責任はどこに、誰にあるのかと、論議されたりしているけれど、
同時に、心の病に気づける意識と勇気が、もっと多くの人に必要だと思う。
いじめや種々のストレスによって心を病みつつも、
的確な治療を受けていない人がきっとたくさんいるように思う。
もっと、心の病に理解と関心のある社会・地域づくりが必要なのだと思う。

とは言いつつ、
私自身、世間体を気にしながら、周囲に内緒で通院しているのだけど。。。

自殺の多い県トップ3は、秋田、青森、岩手。北東北に集中している。
経済的な問題も大きいのだろうが、
心の病に関する情報不足や理解不足も大きいように思う。
目を向けるべきところは、案外、足元なのかもしれない。
私の好きな場所。
yui | 平和・いのち | 18:51 | comments(4) | - |

世の中の真理
以前「犬と話をつけるには」という本の感想を書いたが、
その本の中で印象に残った言葉があった。
著者の大学時代の恩師の言葉として紹介されていた。

「世の中の真理は常に少数派にある」

真理が何であるのか、わからないことがほとんどだけれど、
確かにそれは少数派にあるような、そんな気がする。
きっと、多数派にはあるのは現実で、現実は真実ではない気がする。

真理というものがわかったと思えることなどないとは思うが、
せめて少数派に身を置くことのできる人間でありたいと思っている。
yui | 平和・いのち | 19:37 | comments(2) | trackbacks(1) |

「地方」はがんばっている!
何となく、「都会>地方」というイメージがあった。
経済的にも、文化的にも、その他いろいろ数多く。
そんな中、嬉しい記事を見つけた。

雑誌「週刊金曜日」の編集長後記より。
 半袖から長袖のシャツに取り替え、過日、盛岡市を訪れた。いわて生協主催の「いわてピースキャンパス オープンキャンパス」で講演をさせていただくためだ。壇上でびっくりした。このパワーはなんだろう。会場から、得も言われぬ力強い波が寄せてくる。(中略)「平和」や「人権」を自分のこととして普段から考えている人々の力。それが組み合わさり、重なり合い、うねりになる。市民などそっちのけで「愛国心」を唱える面々とはあまりに違う。わんこそばも冷麺も食べられなかったが、盛岡を堪能した。

嬉しい言葉だった。
そう、地方は熱いのだ。
この地道な歩みが、いつか実を結ぶ時が来ると信じている。
yui | 平和・いのち | 23:57 | comments(4) | trackbacks(1) |

報道されない真実
昨日、「報道されない真実」と題した北村肇氏の講演会が盛岡で行われた。
北村肇氏。
私は今回初めて知ったが、知る人ぞ知る「週刊金曜日」の編集長。
過激な内容ではあったが、非常に面白い講演会だった。
いわてピースキャンパス プラザおでってにて(9/21)
報道されない真実が山のようにあるという現実と、その成り立ちは、
目から鱗の話だった。
今、新聞記者になる人たちは、大部分がエリートなのだという。
官僚の息子が記者になって市民の側に立った真実の報道が行われるか?
なるほどねぇ。。。
その他、経済界の圧力・権力というものも大きく存在するらしい。

マスコミが権力の側についているのなら、非常に危機的だ。
マスコミは、弱者の救い手、正義の味方だったはずではなかったのか。
私など、テレビや新聞の報道を大方信用して暮らしてきた。
今さら真実を知りすぎるのも怖いくらいだ。

北村氏は、「週刊金曜日」で、市民の側に立った真実を伝えていくと
言っていたので、とりあえず購読してみることにしたのだけれど。。。
今の私に何ができるのか?大きな課題が残された。
yui | 平和・いのち | 20:07 | comments(2) | trackbacks(0) |

あれから5年・・・
今夜、報道ステーションで、
9・11のツインタワー崩壊直前の最後の肉声というのが放送されていた。
あまりにリアルで、見ていて体が硬直してしまった。
こういう現実があったのだということを、忘れないでいたいと思う。

テロは今やもう、身近に起こりうる出来事なのかも知れない。
あんな悲惨なことが二度と繰り返されないことを願うけれど、
様々な思想や感情が入り乱れている世の中に暮らしていることも確かだ。
破滅的な方向ではなく、創造的な方向にある「幸せ」を目指して、
小さな希望をつなぎ合わせて歩いていける人間でありたいと思う。
yui | 平和・いのち | 23:31 | comments(2) | trackbacks(0) |

戦争と平和を考える・その
何千年前も前から、人間は戦争を繰り返している。
きっと人間は、悲劇を長く覚えていられない生き物なんだと思う。
だから、これから先も、戦争はなくならないだろう・・・と思う。

去年の夏休み、公民館で上映された戦争のアニメを見た子どもの感想に、
「昔に生まれなくて本当によかった」
「爆弾落とす奴なんか殺してしまえばいい」というものがあった。
企画した側の大人が伝えたかったこととは、違っただろうという印象。
でも、これが現実でもある。
戦争のない未来に!という思いを抱かせるほうが、難しいのかもしれない。

戦後61年と言うけれど、
今はもう「戦前」に入っていると言ってた人がいた。
もしかしたら、そうかもしれない。
今ここに戦争が起こっていなければ「平和だ」と感じているそのことが、
もう危ういのかもしれない。

ある雑誌の平和の特集記事より。
「平和を否定する人はいません。
 しかし、ほとんどの人が求める平和は、自分の幸せを保証する平和です。
 その平和が戦争を引き起こしていることを、多くの人は知っています。
 実に、平和を求めて戦争流に生きていると言えるでしょう。」

戦争流に生きている自分の罪深さを、肝に銘じて生活したい。
yui | 平和・いのち | 07:37 | comments(3) | trackbacks(0) |

戦争と平和を考える・その
61年前の昨日、広島に原爆が落とされた。
8月6日、8月9日と言えば、
日本人なら誰もが知っている日だと思っていたが、
今や、答えられない人が増えてきているらしい。

岩手に暮らしてみて感じたことの一つに、
関西よりも「原爆の話」が身近でない、ということがある。
まず、原爆資料館に行ったことのある人が少ない。

日本人なら皆一度は行っているくらいに思っていたが、
岩手だと、修学旅行は奈良・京都止まりが多いようだ。
最近の高校は外国だったりして、広島や長崎を通り過ぎてしまっている。
是非とも行くべき所だと思うのだけれど。

なので、あの悲惨で生々しい資料を目にしていない人も多い。
県内で「原爆パネル展」なども開催しているが、関心はうんと低そう。

戦争=原爆とは言い切れないのかもしれないけれど、
あの61年前の悲劇を、日本人として、
しっかりと脳裏に焼き付けておくことが大切なのだと思う。

平和宣言にもあった「平和憲法の遵守」。
どうか一人でも多くの人に、また日本政府に、届きますように。
yui | 平和・いのち | 21:37 | comments(2) | trackbacks(2) |

戦争と平和を考える・その
今日、平和憲法9条を守る署名活動に、ほんの少し参加してきた。
人前で大きな声を出すのは、もともと苦手。
いちおう「署名のご協力お願いしま〜す」と見よう見まねでやってみた。
1時間がんばって、5名しか集められず。しょんぼり
(知人は20人ほど集めていた。どうもコツがあるよう。)

署名集めは少なかったのだが、なぜか質問はよくされた私。
「もう憲法は変わったの?」とか「9条??何??」とか。
質問自体が「え〜っ!!」であったが、
まあ、聞いてもらえて、チラシももらってもらえたのでよかった。

結構しらーっと通り過ぎていく人が多くて、関心の低さに驚いた。
まあ、署名運動なんて、そんなものなのかもしれない。
いいお勉強になった。

「いのち」は修復できない。だから「いのち」は尊い。
だから人を殺したらいけない。だから戦争はしたらいけない。
と、私は思っている。

日本に生まれた以上、8月は、平和について考えるときでありたい。
(という思いを込めて「その 廚砲靴討澆泙靴拭)
yui | 平和・いのち | 22:57 | comments(2) | trackbacks(0) |