ぼちぼちいこか

岩手に暮らす、虎ファン主婦のひとりごと。
記事に無関係と思われるTB&コメントは削除することがありますのでご了承ください。

   

<< パイプオルガン♪ | main | いざ仙台へ! >>
戦争をしないさせない国になるために
女性も軍隊に駆り出されるらしい、逃げないと・・・
そんな変な夢で目が覚めた今朝。
嫌な夢だった。

先月、国民投票法も成立し、改憲に向かってまっしぐらに見える日本。
このままいけば、いつかまた、戦争が起こるのだろうか。。。

私は、憲法9条を守りたいと思っている一人だ。
古くさかろうがどうだろうが、平和を追求するその理念は間違っていないと思う。
やっぱり戦争は嫌だし、人を殺すのも殺されるのも嫌だ。
だから、その文言どうこうではなく、その理念を守りたい、と思っている。

最近、気になる話を聞いた。
政府は「集団的自衛権に関する事例研究を行う有識者会議」なるものを開き、
憲法の枠内での集団的自衛権行使について、討議を始めているらしい。
つまり、憲法9条を変えなくても「解釈改憲」で戦争ができるということだ。

近頃「9条を守る会」などの市民運動が各地で広まってきているが、
憲法9条(の条文)を変えないことに目先を取られてしまっていては、
政府の思うツボなのでは・・・という気がしてきた。
これは結構、目からうろこ。
きっと、とんでもなく頭の回る人がいるんだろうな、安倍さんの周りには。

どうすれば平和が守れるのか。
どうすれば戦争を回避して暮らしていけるのか。
その先に、どうもまだ光が見えない。。。
yui | 平和・いのち | 19:11 | comments(11) | trackbacks(0) |

yui @ 2007/06/07 8:58 AM
>inoさんへ
>>「今は戦後ではない。新たな戦前だ」
チクッとくる言葉ですが、私もそう思います。
将来、2007年は「戦前」と呼ばれる時代なのかもしれないなと。
戦後レジュームなどと「戦後」をよく耳にする背景には、国民に戦前だと思わせない、そういう意志もきっと働いているのかなと思わされます。
惑わされてはいけないな...と強く感じるこの頃です。

yui @ 2007/06/07 8:47 AM
>Genさんへ
コメントありがとうございます。

>>うん、なるほど。よくわかりました。
そう言っていただけて嬉しいです。先生に褒められた気分♪

>>考えて・思って・言葉にし続けていかないといけない問題ですよね。
そのとおりですね。
最近は、愛国心だとか言って、考えさせない、思わせない、言葉にさせない方向に向かっているように思えてなりません。
底辺は底辺なりに、ここを守っていきたいですね。

ino @ 2007/06/06 10:51 PM
意見交換というか、以前に聞いた講演で印象的だった言葉を書かせていただきます。

「今は戦後ではない。新たな戦前だ」。

戦後レジュームからの脱却といいますが、
結局は新たな戦前?

底辺のやりとりが大切だと本当に感じます。

Gen◇◆ @ 2007/06/06 10:47 PM
うん、なるほど。よくわかりました。

>>意見交換ができてよかったと思いました

ここに尽きると思いますよ。僕も再びコメントさせてもらう時に、書こうと思ってた言葉です。

戦争は嫌だ!の一言で、思考停止してしまう事が怖いんですよ。
過去、日本が軍国主義だった時は、もうこれ(戦争)しかないんや!という空気で、思考停止していた可能性もあるわけです。

思考を続ける事で、自身の考えをより深めたり、コペ転で変わる場合もある。
いずれにせよ、考えて・思って・言葉にし続けていかないといけない問題ですよね。
まあ、改憲に限らず、今の国政にはとにかく問題が多過ぎて、なんかどうでもよくなってきますが(泣)。

yui @ 2007/06/06 10:30 PM
>とらっぴぃ〜さんへ
私もアウシュヴィッツ展を見に行ったのが、ちょうど高三でした。
すっごくショックで、気分を悪くしたものでした。

>>日本軍はどうだったのか
厳しい問いですが、問い続けなければいけませんね。
でも日本で視覚的に目にすることは少ないな...とも思います。

戦争は、多くの人がしたくないと思っていても、少数の権力者によって行えてしまうというのが怖いところです。格差社会の「上」の人によって設定されれば「下」は兵になるしかない、そんな社会がすでに作られている恐ろしさ。
戦争させないために何ができるのか、大きな課題だと思っています。

yui @ 2007/06/06 10:18 PM
>Genさんへ
>>日本が60年間、国家として戦争に巻き込まれなかったのはなぜか。
私は、平和憲法があったからでも安保があったからでもなく、戦争をしたくないという国民の「思い」があったことと、運良くそういう時代(戦争のない60年間)だったということではないかと考えます。
そして平和憲法が必要なのは、むしろ今、そしてこれからではないかと思っています。

>>「戦争をしない事」と「”外交手段”としての武力保持」
私は、武力を持つことが戦争をすることにつながると考えるので、たとえ手段であっても武力保持には反対という思いがあります。
結局、武力保持自体でもお金がかかりますし、それだけの経済効果があるわけですから、国を豊かにするには武力保持が必要だという結論に至るのだと思います。
ただ、それが本当の豊かさなのか、というところです。
戦争をしないつもりで武力保持したとしても、それが大きくなればなるほど周辺諸国への脅威にもなり、結果、戦争に繋がるというパラドックスがあるのではないでしょうか。

きっとこんな声は国には届かないと思うのですが、でもこうしてコメントしていただけることで意見交換ができてよかったと思いました。(すっごい底辺でのやりとりですけど^^;)
こういうことが、今の日本には足りないというか、必要なのだろうと思っています。

とらっぴぃ〜 @ 2007/06/05 11:04 PM
高三のとき、某デパートで開催されてたナチスのホロコースト展を見に行き、展示品の数々にかなりショックを受けました。
でも、「ナチスが悪い」だけではなくて、日本軍はどうだったのかということも考えなければ意味が無いと思いました。
ついでに、そのホロコースト展を見に行ったのはクラスで私一人だったのもちょっとショックでした。

色んな国がそれぞれの大義名分の元に戦争をしますよね。
たくさん敵を殺した人、原爆を作った人、それを落とした人、その人達は英雄と讃えられる・・・
みんな敵を憎んで殺している訳で、憎しみだけがどんどん増幅されていきます。

戦争に正義なんか無いと思います。

yui @ 2007/06/05 2:12 PM
>Genさんへ
難しい問題です。
が、そろそろ仙台へお出かけする時間が近づいてきましたので、
お返事はまた明日以降に書きます!すみません^^

yui @ 2007/06/05 2:02 PM
>azuさんへ
9条の会などを見ると、憲法を守りたいと考える人の多くが高齢者ですし、それが現状なのだと思います。私たち世代は、国際情勢とかいろいろ考えるのでしょうね。矛盾というか、そういう教育を受けてきた世代なのかなぁと思います。
近い将来、自衛隊が自衛軍になり、日本にも徴兵制が採用される時代がくることでしょう。
今の子どもたちにそれをどう説明していくか、それが私たちが背負う課題となってくるのかなぁと考えたりします。
そんな流れにあっても、やっぱり戦争はよくない、平和こそが尊いんだと、言い続けられる大人でありたいと思っています。

Gen◇◆ @ 2007/06/05 12:44 PM
小学五年・六年時の担任がバリバリの共産党員でして、事あるごとに憲法9条の話をされていました。
そのせいかある日、市の車が町を走りながら「只今憲法第9条が破棄されました。只今憲法第9条が・・・」とアナウンスしている――
という夢をみました。
もう何十年も前の夢なのに、今でも覚えています。


呉市で敗戦を迎えた父も「戦争は二度としたらいかん。現実は本当に地獄や」と言います。
ただし「戦争をしない事」と「”外交手段”としての武力保持」は別だとも言います。

日本が60年間、国家として戦争に巻き込まれなかったのはなぜか。
■平和憲法の存在。
■自衛隊と、米軍(安保を含む)の存在。

どちらなのか、あるいはその両方なのか?
自衛隊が違憲なのは明らかです(条文を読めば、子供にも分かります)。
その意味では、自衛隊は即刻解体すべきでしょう。

父は兄(海軍兵)をウラニウム型原爆で失っています。つまり僕の叔父です(ちなみに長崎にはプルトニウム型が投下されています。なぜ彼らが二発落とさねばならなかったか、その意を知るのに知っておいてもいいかと思います)。

その父が言う言葉なんですよね。
「「戦争をしない事(ギリギリまで避ける努力)」と「”外交手段”としての武力保持」は別だ」。
これって、ダブルスタンダードなんでしょうか?どう思われます?

徴兵制がない時代に育ち、戦闘の現場に出た事も訓練も受けた事もない甘ちゃんの僕です。
「戦争なんてしたくない。してはいけない」と強く思います(誰だってそうですよね。”命令するだけ”の人は知らないけれど)。
しかしながら『戦争とはしょせん、ただの人殺しに過ぎないのだ』というのも、また一方的な発想なのかと、父の言葉から思います。

現実と理想のギャップは果てしない。
でも投げたらそこで終わりです。
でもでも、話せば分かる相手ばかりではない、のもまた事実なんですよね・・・・。
ま、それより、国自体に誇りをもてない国政や、自分自身の心の方をどうにかするのが先決なのかもしれません。

azu @ 2007/06/04 10:39 PM
戦争肯定主義と戦争否定主義の相互間の暗中模索戦・・・というべきか・・・ここでこういう表現を使ってしまう自体・・戦争を否定しながらも・・・戦・争・の文字を使ってしまっている自分に腹立たしくも感じてしまう・・・
戦争・・・抹消してしまいたい言葉・・・現実・・
こんな思いよく考えたらどんな立場の人だってそー思っているはず・・・きれいごとだけじゃなくて!!
ほんとに世の中って矛盾だらけだ!!!!!!

熱くなっちゃいました・・^^;

POST A COMMENT










この記事のトラックバックURL:
http://botiboti.tblog.jp/trackback/144883
TRACKBACk