ぼちぼちいこか

虎ファン主婦のひとりごと。
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戦争と平和を考える・その
61年前の昨日、広島に原爆が落とされた。
8月6日、8月9日と言えば、
日本人なら誰もが知っている日だと思っていたが、
今や、答えられない人が増えてきているらしい。

岩手に暮らしてみて感じたことの一つに、
関西よりも「原爆の話」が身近でない、ということがある。
まず、原爆資料館に行ったことのある人が少ない。

日本人なら皆一度は行っているくらいに思っていたが、
岩手だと、修学旅行は奈良・京都止まりが多いようだ。
最近の高校は外国だったりして、広島や長崎を通り過ぎてしまっている。
是非とも行くべき所だと思うのだけれど。

なので、あの悲惨で生々しい資料を目にしていない人も多い。
県内で「原爆パネル展」なども開催しているが、関心はうんと低そう。

戦争=原爆とは言い切れないのかもしれないけれど、
あの61年前の悲劇を、日本人として、
しっかりと脳裏に焼き付けておくことが大切なのだと思う。

平和宣言にもあった「平和憲法の遵守」。
どうか一人でも多くの人に、また日本政府に、届きますように。
yui | 平和・いのち | 21:37 | comments(2) | trackbacks(2) |

yui @ 2006/08/11 10:21 PM
貴重なお話をありがとうございます。
私も修学旅行で行くことができたので、そういう学校が増えてほしいと思っています。

>戦前の人達と戦後の人達の断絶の方が、問題なのかもしれません。
ほんと、そうですね。
私たち世代から下に至っては、戦争は遠い遠い過去ですし、すっかり断絶していますよね。
想像力を豊かにしなければ、と思います。

Gen◇◆ @ 2006/08/08 9:40 AM
僕も大阪で育ちながら、原爆資料館に行った事がありません。修学旅行も伊勢志摩でした。ちなみに近隣の小学校は、広島でしたけど。今はどうなんでしょうね。

父が広島呉市(大和の港ですね)出身で、
さらに伯父が広島市で被爆し、まもなく亡くなっているので、話だけはよく聞かされました。
あの6日の朝、呉市の家のガラスにもヒビが入ったそうです。
キノコ雲はもちろん見えるし、昼過ぎまで(雲が)残っていたそうです。
伯父は隊本部が壊滅していて(海軍所属だったと思います)、仕方なく呉市まで歩いて帰宅し、ほどなく倒れ亡くなったと聞きます。

改憲については、僕自身それなりの考えを持ちますが、
今や国会議員も戦後生まれが大半を占めている現実があり、
改憲問題については少しナーバスな位で、ちょうどいいバランスなのかな、とも思ったりします。

戦前の人達と戦後の人達の断絶の方が、問題なのかもしれません。

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