ぼちぼちいこか

岩手に暮らす、虎ファン主婦のひとりごと。
記事に無関係と思われるTB&コメントは削除することがありますのでご了承ください。

   

お出かけ

所用で「くずまき高原牧場」へ。
被災地以外への遠出は実に久しぶり☆

葛巻町は、盛岡から北へ車で1時間半くらいの山の中。
人口よりも牛の数のほうが多いという酪農の町。
風力発電が幾つかあり、電力自給率120%なんだとか。
こんなエコな町が身近にあったなんてっ!

山があって小川が流れて、たくさんの緑に囲まれたのどかなところで、
牧場もいっぱいあって、放牧された牛があちらこちらに。
風も涼しくて、すごくいいところだった。

あと、こういうところは食べ物ももちろんおいしいわけで(笑)、
くずまき高原牛の焼肉とくずまき高原牛乳のソフトクリームを堪能してきた。
ソフトは文句なく美味しい!
だって牛乳自体が美味しいからね〜☆
お肉は意外にも普通...
一切れもらったくずまき高原和牛のほうが断然美味しかった。
注文失敗したな…と(苦笑)

そんなわけで、夏の再訪が楽しみです♪
yui | 日々のできごと | 11:10 | comments(0) | - |

ひと区切り
久々の更新です。
って、まぁいつものことですが(笑)

なんだかんだと忙しくしていましたジョギング
調子を崩しそうになっては持ちこたえ…という繰り返しではありましたが、
つまりは調子を崩すことなく過ごしていますグッド
主治医には、先日ちょっぴり怒られましたが汗

震災後色々ありましたが、とりあえずひと区切りつきました。
もちろん、私事としてのひと区切り。
でも、区切りというのも大事だなと思っています。

今は、思うことがいっぱいあって、もうありすぎなくらいで(苦笑)、
そういうのを整理して、クールダウンしたいなと思っています。
震災、原発事故、それにまつわる様々なこと、など。

最近は、ニュースを見ても、誰かと話をしても、
行き着く先は「不満と批判」・・・突き詰めれば「不安と諦め」。
そんなことが多い気がして、何だかなぁと思っていますしょんぼり

もちろん、実際に課題山積の状況下なので、当然と言えば当然なんですが、
震災後、平和的な言葉や思いのほうが、かえって温度差や反感を生んでしまうこともあるということを痛感し、人の気持ちって難しいなと思いました。
誰かや何かを批判しているほうが無難に共感しあえる…
そんな雰囲気に、それも複雑だなぁと。

喜びや楽しみや希望を語る言葉で共感し合える社会を、状況を、自分自身を、
欲している、探しているという今日この頃。
16年前の震災後には感じなかった思いだと思います。

そんなですが、
またぼちぼちとブログ書こうかな・・と思っています植物
タイガースも調子上がってきたみたいだし(笑)

まぁ今日はそんなところで。
yui | 日々のできごと | 12:12 | comments(2) | - |

思いを新たに
被災地は、驚くべき光景の連続。
写真も撮る気がしなかった。

依然、瓦礫が山積みのままのところもあれば、
街があって暮らしがあったことが想像できないくらい、がらーんとした地も。
それが延々と続く。

でも、海は穏やかで、嘘のようにきれいだった。
多くの命をのみこんでいった海とは思えないくらい。

報道に見る被災地はほんの一側面であり、現実はもっと残酷だと、
こんな私でさえも、痛いほどに感じられた。
「がんばろう!日本」なんて、あまりにも温度差がありすぎると。


被災地に持っていく救援物資を送ってとお願いをした友人の一人から、
「岩手は救援物資が潤沢にあること知らないの?」と返信がきた。
大阪では、岩手は物資が潤沢にあるので物資の受け付けを休止中だという。
岩手にどれだけの救援物資が届いて(滞って)いるのか知らないが、
被災者に行き届いているとは思えない現実が、今、目の前にある。

友人は「息の長い支援に個人では限界があると思う」と忠告もしてくれた。
個人ではなく小さな民間団体に協力しているだけなんだけど、
友人が言おうとしていることは、行政がやることでは?ということだ。

でも、行政にできないこと、民間だからできることだってある。
行政は大きく動ける分、個々のニーズに沿う支援などは難しい側面がある。
また、どうしても支援の手が届かない被災者だって生まれる。
それは仕方がないことで、だからこそ、民間の力だって必要なのだ。

そして「限界がある」という言葉。
気持ちはわからないでもない。
私の身を案じてくれての言葉だったと思う。
けれど、被災してない私たちが限界を感じたら被災者は終わってしまう。
そんな内容のメールをしたら、
彼女は「できることをやるしかないね!」と、快く協力をしてくれた。

そんなこんなで色々あったけれど、涙腺がゆるみっぱなしの今日この頃。
メールした友人は数名だったのに、うちには玄関がふさがるほどの物資が届き、
違う意味で驚いた。
みんなが少しずつ協力してくれれば・・・という私の期待は、
驚くほどに裏切られ(苦笑)、本当に頭が下がった。
どうやって買ったんだろうと思うほどたくさんの食料を送ってくれた友人や
靴を一人で30足も買って送ってくれた友人、
また、ご近所さんに声をかけて集めました!と送ってくれた友人もいた。

正直、私が逆の立場だったら、ここまでできないだろうと思ったし、
こんなことができる友人が自分の周りにたくさんいるということに感動して、
嬉しくて、私はとても幸せな人生だとつくづく思った。

もうこんな震災に遭うのはこりごりだと思っていたけれど、
その中で見つけた大きな喜びと感謝。
今、自分が、多くの友人の愛に押し出されて前に進めているように、
これらの救援物資が届くことで、
被災地の方が少しでも前に進む力につながればいいなと願っている。
yui | 震災関連 | 02:34 | comments(2) | - |

ぼちぼちモード
震災から3週間が過ぎ、気づけば4月。
早かったような長かったような...

うちの辺りは、今週半ばくらいから燃料不足が解消され、
ガソリン・灯油は並ばずに買えるようになりました。(満タンもOKに!)
スーパーには、牛乳やもやしといった生鮮食品も少し並ぶようになり、
品薄ではありますが、不自由さはずいぶん解消されました。

ただ、精神的には、この一週間が一番しんどかった気がします。

地震直後は「非日常」の緊張感の中で、やや興奮気味に過ごし、
「今できることを頑張ろう!」という前向きな思いで過ごしていましたが、
時間が経つにつれ、身近な人からも沿岸の現状を見聞きするようになって、
津波の脅威や爪痕の大きさを、身近にそしてリアルに感じ、
安易に復興だの頑張ろうだのと言えない…そんな気持ちが膨らみました。

火葬が間に合わず、一部地域では土葬が現実化している現状にも、
今回が「阪神とは比較にならない震災」なんだということを思い知らされ、
その上、原発事故も重なっている現状で、
この先一体どうなっていくのかと、不安というか苛立ちも膨らみました。

前向きな気持ちと沈む気持ちが入り交じる複雑な中、私自身の生活はと言うと、
震災の「尾ひれ」のような雑用が増えました。
例えば、あまり話をしたことのない夫の知人や親戚との会話(電話)とか、
郵便の回復によって届きだしたお見舞い手紙へのお礼状書きとか。
この十数日で1年分に相当するくらいの人づきあいをした気がします(苦笑)

そういうつきあいの中で、温度差を感じる場面も色々あったりして、
でも、多くの人に心配してもらって、心を合わせてもらっているんだから
感謝しなきゃ、がんばらなきゃと自分に鞭を打ってやっていましたが、
徐々に調子が上がらなくなり、ここ数日不調気味に。

で、ようやく我に返りました。

私はうつ病で休養中だったんだと。
がんばってたらダメじゃないか、もっといい加減に過ごさなきゃと。
(遅っ!ってつっこまれそうですが^^;)

こんな状況のわりには上手くやってるんじゃない?と、
夫からはめずらしく高評価をもらったのですが(苦笑)、
震災で「がんばらなきゃモード」が高まっていたことを少し反省して、
今「ぼちぼちモード」に戻しています。
まぁ何てことない、明日でいいことは明日に…っていうモードです(笑)

で、気づいたこと。
今「がんばろう」「がんばって」連発のテレビが多いこと多いこと。
テレビに限らず、スーパーや街角、新聞などでも同様。

がんばりたい人ががんばる分には全然構わないけれど、
応援や励ましの言葉に囲まれるのって、うつ病の人にはよくないよなぁと。
何かがんばってなきゃいけない雰囲気がして。

「何かしたい」という、多くの人が今持っている善意の気持ちを、
誤解なく届けられる言葉って何なんでしょうか。。。
むずかしいですね。
yui | 震災関連 | 00:15 | comments(3) | - |

今 思うこと
震災後、自分の更新だけしていましたが、今日は少しブログ巡りをしました。

広範囲の大災害ということで、多くの人が様々な影響を受けていることや、
それぞれの状況や立場で、いろんな思いや意見があるということ、
当たり前と言えば当たり前のことなんですが、とても興味深かったです。

その中で、Genさんが紹介されていたブログに共感する部分がありました。
「自己満足」という言葉が胸に突き刺さりました。
今回、まさにそういう言動に嫌な思いもしたし、
それでいて、私自身も危うい部分があったから。

嫌な思いの一つは、遠方からの安否確認の電話でした。
親しい友人はほぼ皆、こちらの状況を配慮して連絡をとってくれたのですが、
中に、ずいぶんと付き合いのないような人から「津波はどう?ところでお子さんは?私はね・・・」なんていう無神経な電話もかかってきました。
地図を見れば、津波なんて絶対にやってこない所に住んでいるんですが。
「知人が被災者」っていう話のネタにでもしたかったのかな・・。
こっちにとっては貴重な貴重な通信手段を、数分とは言え、腹が立ちました。

あと多かったのは、「何回も電話したのに繋がらなかった」という電話。
親戚などに多いパターンでしたが、無事を確認したかったんだか、こんなに心配したんだよというアピールがしたかったんだか。
電話が通じた初日は、そんな応対だけでぐったりしたくらいでした。。。

こういう時(状況に温度差がある時)の言動や行動って難しいものですね。
基本的に好意だと思いますが、何だかズレを生むっていう矛盾。

あと、今微妙なのが、
うちは、遠い地域の人からは被災地と思われがちだけれど、
岩手の中では、決して被災地ではないという立場と現状。
ここに私自身も若干の戸惑いがあるのかもしれません。
立ち位置がわからなくなるっていうか、どっちつかずっていうか・・・

ちなみに、最近の「好意的なズレ」と言えば、
遠方の多くの方が「何か必要なものがあれば送るから」と言ってくれること。
物資がないと心配してくれてのありがたい言葉だってわかっているんですが、
正直、今欲しいのはガソリンと灯油で、他は不自由してないんですよね。
逆に何か送ってもらった場合、まだ宅配業者の営業所までしか届かないので、
そこまで取りに行くのに、なけなしのガソリンを使わなければなりません。
遠慮ではなく、本当に何も送らないでねーの状況なんです。
しいて言えば、ゴミ収集が止まってるので、送るより引き取ってほしい(笑)

ただ、私も沿岸地域に、同じようなことが言えるのではないかと思います。
「うちは物資も揃ってきたし、被災地に何かしてあげたい」なんて、
何だかとっても上から目線な思いだなと。
それがすべて悪いとは思わないけれど、そこに勝手な思いこみや誤解があった場合、相手を傷つけることにもなりかねない・・そんなことを考えました。

で、結論としては、
自分にできる支援を、確実にそして長期的に継続的に行うということ。
ここに尽きるのだと思いました。

今は報道が過熱していて注目されているけれど、いずれ薄れていくわけで、
(阪神淡路の時は地下鉄サリン事件で一気に薄れたし、)
その薄れた時に、声をあげて支援し続けていくこと、それが大切なんだろうと。
・・・と、Genさんのブログのパクリみたいになっちゃいましたが(^_^;)、
でも、今そう思っています。

この震災からの復興は、阪神淡路よりも長期戦になると思います。
とにもかくにも、明日に向かってがんばっていくしかないんだろうと。

希望は、神戸の復興を知っているということ。
16年前に、この先どうなるのかと友人と泣いたことを思い出します。
でも神戸は復興できました。
だから、時間はかかっても、東北だって大丈夫!と思っています。
(ただし原発が早急に終息すれば、なんですけどね...)

てなわけで、よくわからない文章ですみません。
でも、私の中でモヤモヤしていたものが、ちょっとスッキリしました。
勇気が持てそうです^^

そう言えば、
先週のバタバタした中で、わたくし39回目のお誕生日を迎えました♪
30代もあと一年を切ったわけで、名残惜しいなぁ(苦笑)
まぁぼちぼちと、明るく笑って過ごせる一年にしたいなと思っています(^_^)v
yui | 震災関連 | 17:51 | comments(4) | - |

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