ぼちぼちいこか

岩手に暮らす、虎ファン主婦のひとりごと。
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弱さの情報公開
このところ頭はよく冴えていて、出かけてみたいと思う催しがいくつかあった。
興味や関心事が増えるのはいいことでもある反面、それで予定を立ててしまうと、決まって後で痛い目に遭う。(←最近になってようやく認識^^;)
なので、吟味して選んで、夫もいる日曜日に、ある講演会に出かけてきた。

北海道浦河町の「べてるの家」は、全国で初めて精神障がい当事者が設立した社会福祉法人で、授産施設やグループホーム、有限会社などを運営している。
この「べてるの家」を育て支援している向谷地生良さんの講演会が、花巻で行われた。

以前から、一度お話を聴いてみたいと思っていた方だった。
何が聴きたいという具体的なものはなかったが、これが思わぬ収穫と言ってもいいくらい、今の私にパワーを与えてくれた。
開始早々、頭をガツンと打たれる言葉の連続だった。
「走れる距離は人によって違う。100m走れる人が多い中で自分は10mしか走れない...と、自分の10mに劣等感をもって、100mを目指していないか。自分の10mに誇りを持とう。そして走れる距離は10mだと公開して、みんなで認識しあう。そうすれば、次の人は10m先に立つ(100m先には立たない)。仲間も10mよく走ったねと言える。そこに信頼が生まれ、バトンはまわる。」
「弱さの情報公開」なのだという。
「べてるの家」では個々の弱さの情報公開をすることを通じて助け合いが生まれ、一人の人間として皆持ちつ持たれつだと受け入れ合っているという。実際、べてるメンバーの方も来られていて、彼らには病気を卑下しない明るい思考、雰囲気があった。

常に幻聴があるというMさんは、「マイナスの幻聴はあっていい。これは身体を休めよと言っている。人を助けなさいみたいなプラスの幻聴ばかりでは、身体が疲れてしまうでしょ。」とちゃめっけたっぷりに話された。
うんうんと納得。
Mさんのように、自分を観察して(べてるでは「研究する」と言うらしい)、マイナスの思考を認知する練習をしていくと、それで随分と症状を改善できるという話しだった。

そして「べてるの家」の理念はすごい!
「いつも問題だらけ−それで順調!」「右下がりに生きる!」などなど。
今流行りの「ライフハック」なるものと正反対の歩みかもしれない。

以下、べてるの家の本より。
「弱さとは、強さが弱体化したものではない。弱さとは、強さに向かうための一つのプロセスでもない。弱さには弱さとして意味があり、価値がある。(中略)「強いこと」「正しいこと」に支配された価値のなかで「人間とは弱いものなのだ」という事実に向き合い、そのなかで「弱さ」のもつ可能性と底力を用いた生き方を選択する。そんな暮らしの文化を育て上げてきたのだと思う。」

弱くていいんだ。弱いままでいいんだ。むしろそのままがいいのだ。
そんな大きな勇気をもらった。
このところ考えていた「うつの申告」についても、答えが見えてきた気がする。
障がいのあるなし、病気のあるなしに関わらず、
人間は誰しも、悩み、失敗し、絶望することがあるわけで、
弱さや遅さや不完全さを認めずして、人間らしく生きていくことはできないのではないか。。。今の日本社会は、少し早足すぎるんじゃないかと思った。
yui | ひとりごと | 23:19 | comments(7) | trackbacks(0) |

yui @ 2007/03/08 3:47 PM
>猫丸さんへ
お久しぶりです^^
ありのまま、そのまんまというのは、時に難しく、時に優しく響いてきます。難しく感じるのは、そういう時代に生まれ育った悲しい性なんでしょうね。
以前はどちらかというと難しさの方が大きかったのですが、最近その優しさも(ようやく)感じ取れるようになってきた気がします。
相変わらずお忙しそうですね。お身体にお気をつけてお過ごしくださいね^^

猫丸 @ 2007/03/07 11:41 PM
 「ケセラセラ」という唄も、未来はなるようになるというような意味だったと思いますが、未来に不安になったり、自分の現状に劣等感を持ったりするのもまた人間ですからね。
 でも、時々は「ありのまま」でいいと思う気持ちを持たないと、気持ちが壊れそうになって、しんどいですね。
 世代にもよりますが、日本の40才以上の人間は、高度成長に育ち、向上心を善とされ、自己研鑽と明るい未来に貪欲に生きるものと思いこんでいます。現状維持や自己肯定は消極的なものと教育されてたりするためでしょうね。
 私も最近、そのまんまの自分と現状を認めてあげよう。そのまんまでいいんだと、自分に言い聞かせています。(宮崎県知事みたいなのがひっかかりますけど)
 

yui @ 2007/03/07 12:27 PM
>Genさんへ
miltuchanさんのところのHP見ました。す・すごかったです!!あんなことができちゃうんですね〜。感動しました!
写真の右横の文章、是非チャレンジしてみます♪

Genさんは弱さを感じ取れる強さを持っている方なんじゃないかと思います。きっと。

阪神ファンって基本的に、弱い時期に入っても文句言いつつタイガースが好きで、来年こそっ!って10年も20年も諦めないですよね。そこがまた好きなんです♪

Gen◇◆ @ 2007/03/06 11:13 PM
『カラ元気も元気のうち』という効用も実際ありまして、
また、『言霊(ことだま)』を信じてる僕としては、無理をしない範囲で”アッパー系”(笑)の発言をするようにしてるんですが、
この『無理をしない範囲』ってのが難しいんですよねえ。
自分自身の事さえ、実のところわからないのに・・・。
とにかく『そのままではいかん!』という発想に、どうも僕は支配されてるようです。。。
う〜む・・・・。

ところで全くのコメント違いですが、
【写真の横(右横)に文章を回り込ませる方法】をmiltuchanさまのところに書きましたので、
よろしければご参考下さい♪

yui @ 2007/03/06 11:13 AM
>Genさんへ
振り返れば私も同じで、自分にも他人にも「強さ」「完全さ」を押しつけてきたところがどれほど多かったことかと思います。

>ある種刷り込みかもしれませんが、「弱さ=自分に甘い」とどうしても認識してしまいますね。
刷り込みって大きいでしょうね。自己責任が3割、日本の教育や風潮が7割くらい、いや2:8くらいかもしれませんね。経済成長と競争社会で育ったがゆえに、結構根深く刷り込まれてしまったところはあるように思います。(社会や教育のせいにしすぎかな...笑)
人間は弱いって、ある意味当たり前のことなんでしょうけれど、それが新鮮に感じるあたり、まだまだ麻痺しているということなんでしょうね。私もまだまだ気づき始めのさわりです。


>miltuchanさんへ
ほんと、頭を打たれる言葉のオンパレードでした(笑)
自分を見つめて、等身大の自分を知るっていうことから始めなきゃという思いにさせられました。

>はげたかのように弱い部分に食いついてこられそうな恐怖感・・・
そうなんです。でも実際には、弱さを露呈せずにそう思いこんでいる部分が大きいのかもしれませんね。鎧をはずしても、身軽になるだけで案外襲われないのかもしれません。

こうして、ブログを通していろんな方と交流できるようになったことも、弱さの恩恵なのかなと思っています。

miltuchan @ 2007/03/06 3:45 AM
>自分の10mに劣等感をもって、100mを目指していないか。自分の10mに誇りを持とう。そして走れる距離は10mだと公開して、みんなで認識しあう。

ほんとに頭をガツンと打たれたような言葉です。
自分の弱さを公開する勇気・・・なかなかできることじゃないです。一度露呈してしまったら、はげたかのようにその弱い部分に食いついてこられそうな
恐怖感がありますね。
だから100mに見せかける鎧を着てしまいます。

>弱さには弱さとして意味があり、価値がある

弱さを恥じる事はない。弱くていいんだ、むしろ
そのままがいいんだ・・・
わたしも勇気を貰いました。

Gen◇◆ @ 2007/03/05 11:58 PM
ある種刷り込みかもしれませんが、
「弱さ=自分に甘い」とどうしても認識してしまいますね。
育った時代や環境がそうさせるのかもしれませんし、事実、自分が隙あらば楽な方楽な方に行こうとするタイプだから、せめて気持ちだけでも・・と思うのかもしれません。

また、かつて若い頃は「弱さ=自分に甘い」という考えを、
他人にまで押し付けてた時期もあった事を告白します。
こんな俺に出来て、キミに出来ない事はないだろう?と。
世の中には様々な人がいる。一人として同じ人はいない。
そんな当たり前の事に気付いたのは、ほんと最近です(それでもまだほんの「さわり」しか理解してないんでしょうね)。

そして。
『知ったかぶり』だけはしないでおこう。
この点は、(全ての事に対して)今後も留意していかなきゃなー、と思っています。

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